継ぎ研究室

配偶者居住権という備え——遺された邸宅を守る相続知恵

公開2026.09.29 更新2026.09.29
配偶者居住権という備え——遺された邸宅を守る相続知恵

長く暮らした邸宅は、そこに刻まれた記憶ごと次の世代へ渡したいもの。しかし相続という現実は、時に住まいと家族の関係を揺るがします。配偶者居住権という制度は、遺された配偶者の暮らしを守りながら、邸宅を百年へつなぐための備えとなり得ます。

配偶者居住権とは何か——2020年民法改正が変えた相続の形

2020年4月に施行された改正民法により、配偶者居住権という権利が新たに設けられました。これは、被相続人が所有していた住居に配偶者が相続開始時点で居住していた場合、その配偶者が終身または一定期間、無償でその住居に住み続けることができる権利です。従来、相続財産としての邸宅は所有権が一体として評価され、配偶者がそのまま住み続けるためには、他の相続人との間で複雑な分割協議を要することが少なくありませんでした。

この制度の本質は、住まいの権利を『住む権利』と『所有する権利』とに分けて考える点にあります。所有権は子や他の相続人が取得し、配偶者はその邸宅に住み続ける権利のみを取得する。こうした構成により、配偶者は住み慣れた家を離れることなく、かつ相続財産全体のなかで公平な分配を実現しやすくなったのです。私どもは、この制度を単なる法的手続きとしてではなく、『住み継ぐ』という営みを支える一つの知恵として捉えています。

邸宅に配偶者居住権を設定するメリットとリスク

邸宅のような資産価値の高い住まいにおいて、配偶者居住権の設定は大きな安心をもたらします。配偶者は住まいという生活基盤を失うことなく、同時に預貯金など他の財産についても一定の取り分を確保しやすくなります。所有権と居住権を分けて評価することで、相続税の計算においても配慮すべき点が生じ、専門家との丁寧な試算が欠かせません。

一方で、この権利には留意すべき点もあります。配偶者居住権は登記をしなければ第三者に対抗できず、また権利の性質上、譲渡や賃貸への転用には制約が伴います。将来、邸宅を売却したり、大きく手を加えたりする際には、所有者となった相続人と配偶者との間で、事前に十分な合意形成をしておくことが望まれます。邸宅を『誰がどう住み継ぐか』という家族の意思が定まっていなければ、制度そのものが機能を果たしにくくなる場合もあるのです。

私どもが多くの家族の相談に接してきた経験から申し上げると、配偶者居住権は制度として万能ではなく、あくまで家族の対話を前提とした選択肢の一つです。設定にあたっては、邸宅の将来像——誰が住み、誰が継ぎ、どのように手を入れていくのか——を家族全員で共有しておくことが、後の安心につながります。

リノベーションと配偶者居住権——住み継ぐための実務ポイント

配偶者居住権が設定された邸宅において、住まいに手を入れることは可能なのでしょうか。この点は多くの方が気にされる実務上の要点です。配偶者居住権を有する方が生活の質を保つために必要な修繕を行うことは、一般に妨げられるものではないとされています。しかし、間取りを大きく変更するような改修や、建物の価値を左右するような工事については、所有者との合意を得ておくことが望ましいと考えられます。

邸宅の老朽化した設備を整え、耐震性を高め、次の世代が快適に暮らせるよう備えることは、住み継ぐという営みの根幹に関わります。配偶者居住権が存在する状態でリノベーションを検討する場合、私どもは所有権者と居住権者の双方のご意向を丁寧に伺うことから始めます。誰が費用を負担し、どこまでの改修を行うのか。これらを事前に整理しておくことで、後々の齟齬を防ぐことができます。

また、将来的に配偶者居住権が消滅した後——つまり配偶者の死亡や期間満了により所有権が完全な形に戻った後——の邸宅の在り方を見据えて設計を行うことも、長い時間軸で住まいを捉える上で欠かせない視点です。目先の暮らしやすさだけでなく、次世代がどのようにこの邸宅と向き合うかを想像しながら手を入れていく。それが、百年先まで邸宅を残すための実務的な姿勢だと私どもは考えています。

邸宅を『住み継ぐ』ために——専門家との連携という備え

配偶者居住権の設定や邸宅の評価、そして将来のリノベーション計画は、法律・税務・住まいづくりという異なる専門領域にまたがる問題です。相続に詳しい専門家、税理士、そして住まいの将来像を共に描く立場の者が連携することで、初めて家族にとって納得のいく備えが形になります。

私ども継ぎ研究室では、邸宅の相続に際して寄せられるご相談の多くが、『誰が住むか』という問いと『どう手を入れるか』という問いが分かちがたく結びついていることを感じています。配偶者居住権という制度上の枠組みを理解した上で、その邸宅が持つ歴史や思い出、これから先の暮らし方までを見据えた対話を重ねることが、遺されたご家族にとって何より大切な備えになると考えています。

百年先を見据えた邸宅相続の設計思想

邸宅は単なる不動産ではなく、家族の記憶が積み重なった場所です。配偶者居住権という制度は、その記憶を断ち切ることなく、次の世代へと橋渡しするための一つの知恵にほかなりません。制度を正しく理解し、家族の対話を重ね、住まいそのものの手入れにも目を向けることで、邸宅は百年先まで住み継がれる存在になり得ます。

私どもは、相続という一つの節目を、住まいを見つめ直す好機として捉えています。配偶者居住権の設定を検討される折には、法的な手続きにとどまらず、邸宅そのものの将来像についても、ぜひ早い段階からご相談いただきたいと願っております。

よくあるご質問

配偶者居住権は必ず登記しなければならないのでしょうか。

配偶者居住権は登記をすることで初めて第三者に対抗できる権利になるとされています。登記をしないままでは、邸宅が売却された場合などに居住の権利を主張しにくくなる可能性がありますので、設定後は速やかに登記手続きを行うことが望ましいと考えられます。

配偶者居住権がある状態でも邸宅をリノベーションできますか。

日常的な維持管理や生活に必要な修繕は一般に可能とされていますが、間取りの変更など建物の価値に大きく関わる改修については、所有権を持つ相続人との合意を得ておくことが望まれます。事前に工事の範囲や費用負担を整理しておくと安心です。

配偶者居住権の設定は相続税にどのような影響がありますか。

所有権と居住権を分けて評価する仕組みのため、従来とは異なる税務上の考え方が必要になります。邸宅の評価額や配偶者の年齢などによって試算が変わってきますので、税理士など専門家と共に具体的な数字を確認しながら検討を進めることをお勧めします。

まとめ

配偶者居住権は、遺された配偶者の暮らしを守りながら邸宅を次世代へつなぐための相続の知恵です。制度の理解にとどまらず、家族の対話と住まいそのものへの手入れを重ねることで、邸宅は百年先まで住み継がれていきます。

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